まだまだ毎日暑さが残りますがみなさんはご体調はいかがでしょうか?
残暑バテという言葉も聞きます。冷たい飲み物や食べ物は消化を弱めるので気を付けた方が良いらしいですね。
今回はまだ第3投稿で黎明期という事なので雑記にはなりますが自己紹介を深堀りしたいと思います。いったいそんなモノに誰が興味があるんだ?と言われそうですが時代背景・カルチャーなどでご同輩は懐かしくZ世代にはそんな時代もあったのかという斬新さがあるかもしれません。
少し恋愛遍歴も絡めた青春時代を振り返りたいと思うので恋愛小説・エッセイを覗き見する感覚でお願いします。
時は遡って1983年、私は13歳で中学校入学を迎えます。小学校までは地域の顔見知りでの6年間なので気兼ねなく楽しく(色々一筋縄ではいかない屈折した時期でもありました)過ごせてましたが中学校からは別の小学校からも見知らぬ人も一緒になるのでかなり抵抗がありました。私は幼い時分から少人数では楽しめても新しい出会いには尻込みするいわゆる人見知りタイプだったのです。
まだ不良学生の流儀なども知らないウブな方でしたので入学そうそう絡まれました。学ランの第一ボタンを外してた事からケンカを売っているなどと因縁をつけられて、もう今の時代なら完全に次の日から不登校ですよねw でも友達もいたのでなんとかやり過ごしていました。そうこうしてる間にキャラクターが分かれてきます、ガリ勉君さんにド不良、部活スポーツに燃える者、普通にクラスにいた不登校、私はいたって普通で部活は小学校からやっていた卓球を選びました将棋部がなかったので。
まだ稲中卓球部もなかった時代、タモリさんが卓球部の人間は暗い!発言で完全にレッテルが貼られました。私もどちらかといえば内向的なのでそう言われればそうかもしれません。部員を見渡してもたしかにスクールカーストが低そうですw でもそこで将来忘れられない出会いがありました。女子卓球部の先輩です。記憶に残っているのは二人でひとりは完全に普通でしたがもうひとりは漫画「エースをねらえ!」でいうところのお蝶夫人です。顔はカワイイとはこういう顔の事をいうのだといわんばかりで色が白くて少しムチムチしていて誰が見ても虜になるというか凝視するのが恥ずかしくなるぐらいですが見てないフリをして凝視するのですw彼女の周りは完全に別の空間です。時間がゆっくり流れもうひとりの先輩は完全に引き立て役にしか見えませんでした。ウブな私は2年間ただひたすら遠くから眺めているだけで切なくなる気持ちでした。一度だけ近づく機会があったのですがプーンと良い匂いがするのです。汗臭くないのです。フェロモンなのかもしれません。のちに誰かの噂で聞いたのですが大学生の彼氏が居たそうでした、当然ですよね。
私は中3になり例の先輩は卒業でもう居ません、周りを見渡せばスクールカーストの低い人間ばかり女子を意識し始めた頃でもあったのでここに居たのではモテないという事でさっさと退部届けをだしたのでしたw
さらにスクールカーストを高めたかった私は同じクラスになった少し不良と交流する事にしたのです。所謂デビューです。そこからは考え方が完全にヤンキー・ツッパリへと切り替わり趣味・嗜好も染まっていきました。いとこもヤンキーだったので自然の流れだったのかもしれません。ここでも片想いは止まりませんw 同級生のヤンキーの女子に想いを寄せるのですが告白はおろか話す事もできません、またもや遠くから眺めるだけです。その頃のあるバレンタインデーの日にバスケット部の女子にチョコレートを渡された事があったのですが自分のタイプとは真逆の子でした。さらには一緒に渡しに来た子の横に居た子の方が好きだったのです。本当に恋愛というモノは上手くいかないものですね。
もう時効なので話ますが尾崎豊の歌にある♪夜の校舎窓ガラス壊して周りはしませんでしたが友達が盗んだバイクで走り出した15の夜はありました。その後16歳で原付免許17歳で普通自動二輪18歳で普通自動車の免許を取得します。いよいよそんな中学時代を卒業するのですが早い友人達はチェリーを卒業していきます。私はといえば興味はあっても何をどうすればそう至るのかまず緊張して女子と話などできないのではなしになりませんでした。そんな事よりHR/HMなど音楽やバイク・クルマの方が当時興味をそそっていたのでした。高校以降の話はまた次回にしたいと思います。
今回は私の青春序章を告白しました。それではまた、ごきげんよう、さようなら。